新浮世絵研究データベースについて
新浮世絵研究データベースは、1)No.(整理番号)、2)絵師名、3)作品名、4)判型、5)形態、6)署名(落款)、
7)印章、8)版元名、9)制作年、10)改印、11)所蔵者、12)図版掲載文献、13)画讃・文面、14)備考の14項目に
ついて、浮世絵研究の検証に必要と思われる文字データを公開しています。各項目の入力に際して基本としていること、
問題点についても説明しています。
1) No.(整理番号) number
一連の作品の通し番号を示し、公開している総作品数を示しています。また、絵師名で検索すれば公開している絵師個別の
作品数がわかるようになっています。データベースでは項目には表れていませんが、No.(整理番号)と同じ数字をもって
ID番号としています。
2) 絵師名 artist
絵師名は『原色浮世絵大百科事典 第2巻 浮世絵師』(大修館書店 1982年刊)の表記を基本としています。
表記方法は画姓、画号の順による漢字のみで、データベースの絵師名一覧は50音順ではなく、音読みで表記されており、
正直なところ探しにくい表記となっています。将来的には50音順の表記を目標としています。
『原色浮世絵大百科事典 第2巻 浮世絵師』では、1787名(項目数は1796名ですが、同一人物と思われ、
重複している絵師が9名あると思われます)。ただ、この巻では浮世絵師ではない版画・版本を制作した絵師も含まれて
いるため、明確な浮世絵師の総数は不明です。初期浮世絵は195名、錦絵創始期は86名、黄金時代は166名、
後期浮世絵は342名、幕末・明治は283名、計1072名を調査対象の絵師とし、版画・版本・肉筆画の作品データ
の収集を行っていますが、版画作品を制作した絵師についてのみ、データベースは公開しています。
3) 作品名 title
基本は作品に記されている題名を表記し、題名のない場合は誤りがない限り、所蔵機関がつけている題名やすでに
つけられている題名を( )で表記しています。旧漢字は当用漢字に直している場合もあり、そのまま表記している場合
もあり、厳密ではありません。役者絵の場合も同様で、題名に代数や役柄、役者名がつけられていても、作品に役者名の
み記されている場合は、その役者名のみを題名として、代数、役柄等の内容は出演座や演目とともに14)の備考の欄に
記すようにしています。理由は、作品の内容と異なるからです。作品の掲出順はすでに版画作品目録がある絵師はそれを
遵守しながら50音順を基本とし、判型、版元、署名、制作年等と組み合わせています。
4) 判型 technique
版画の一枚絵の判型を表記しています。初期浮世絵時代については大きい判型から小さい判型に、また錦絵創始期以降
は小さい判型から大きい判型へと分類しています。データを収集する画集・展覧会図録・所蔵機関のデータベースにおいて、
判型の表記があっても作品の寸法のデータがない場合、判型の判別を見誤る場合があります。版画作品でも同図様の作品
であっても、そっくりそのまま全く同じ作品が存在することは稀で、年月の経過によって、保存状態によって褪色したり、
周囲がすれたり、切られたり、補修が施されたりと、それぞれの作品によってさまざまな変化が起きています。そのため、
寸法のデータを記載することは判型を判別するための非常に重要なデータの一つとなります。
とくに見誤りがちな判型は、大判(約39.0×約26.5cm)と間判(約33.0×約23.5cm)、
四つ切判(約19.5×約13.0cm)と小判(約23.5×約16.5cm)と中判(約26.5×約19.5 cm)です。
そして、広重の花鳥画に多くみられる中短冊判(約39.0×約13.0cm)と間短冊判(約33.0×約11.7cm)です。
判別の基準は長辺の長さを基本として、大判と間判の場合、長辺が33cm以上あるものは大判へ、四つ切判と小判と中判
の場合、長辺が19.5cm以上ある場合は小判へ、また長辺が小判の23cm以上ある場合は中判とし、困難な場合は短
辺の寸法も考慮して判別しています。
中短冊判と間短冊判の場合、中短冊判は大奉書を4分の1にした大きさであり、間短冊判は小奉書を4分の1にした大き
さであることから、長辺が異なり、判別しやすいと思われます。しかし、酒井雁高・編「歌川廣重版画作品目録」(浮世絵
聚花・第14巻収載 1981年)において、目録では中短冊判とされている花鳥画作品の中には実際の寸法をみてみると、
余白を含めても間短冊判の竪寸法よりわずかに長く、中短冊判の竪寸法を満たしていない作品が多くみられ、どちらに分類
するべきか判定に困難な作品があります。このことについて、浅野秀剛氏の著書『浮世絵細見』(講談社選書メチエ 講談
社 2017年)「その二 歌川広重の花鳥画の大きさ」において、広重の花鳥画にみられる短冊判について詳しく述べられて
おり、同図様の作品でも中短冊判と間短冊判の両方の作品が存在し、中短冊判の作品を間短冊判へと変えて版行されている
と指摘しています、また、間短冊判には中奉書(間政 36.0×51.0cm)が使われたのではないか、という疑問も投げ
かけています。このことは広重の四つ切判、小判、中判の花鳥画の判別にも影響しています。データベースでは寸法の長辺
が34cm以上ある場合は中短冊判としています。浅野氏もまた同書の64頁において、作品の実寸法の明記の重要性を述べ
ており、判型の判別には実際の寸法の明記は欠かせない情報であるといえます。データベースでは寸法が記してあれば、
12)の所蔵者の項目のところで表記しています。
データベースでは版画作品のみ公開しているため、項目名を「判型」として版画の形状を表記していますが、版本の場合は
絵本とか、黄表紙とか種類を、肉筆画では絹地や紙地などの材質を入力する項目でもあり、版本、肉筆画にも対応する項目名
としては「形状・種別・材質」とした方がよいかもしれません。
5) 形態 type
形態という表記は不適切かもしれません。版画では墨摺絵、丹絵、紅絵、紅摺絵、錦絵など木版画の技法や員数について
表記しています。版本では形状・巻数・冊数・丁数、肉筆画では掛軸、屏風、画帖等の形状に員数について表記する必要が
あり、版本、肉筆画にも対応する項目名としては「技法・様式・員数」としたほうがよいかもしれません。本来、4)判型
や5)形態の内容は一緒に表記されるべきでしょうが、分類や検索を考慮して2つに項目を分けています。
6) 署名(落款) signed
基本は画中にある署名は原文どおりに表記するようにしています。版画の場合、絵師の署名の書体が変化していくため、
表記方法に問題があります。例として、鳥文斎栄之の版画作品では、「栄之画」の署名は図版のように大きく3種類ほどに
分類できます。
1 2 3
単純に「栄之画」と表記されていても、その書体は大きな違いがあります。英語では全て「Eishi ga」としか表記されず、
このような書体変化について、どのようにその違いがわかるように表記していくのか検討していく必要があります
(1「七小町かよゐ」大判錦絵、2「大川端の料亭」大判錦絵続物の1枚、3「風流やつし源氏 紅葉賀」大判錦絵3枚続)。
データベースでは1の「画」の書体は「畫」と表記しています。
7) 印章 artist seal
印章は画中に記されている印を原文どおりに表記することを基本としています。印章の形や朱文・白文かについては
表記していません。花押の場合は[花押]とのみ記しています。
8) 版元名 publisher
版元名は画中にある版元印より、『原色浮世絵大百科事典』「第三巻 様式・彫摺・版元」の「第七章 版元」にある
版元名を基準として表記しています。同じ版元印を使用して判別が出来ない場合は両方の版元名を記すようにしており、
また、どの版元か不明の場合は「版元印あり」として、画中に記されている版元印について、その名称や記号を( )内に
記すようにしています。版元印のない場合は「版元不詳」か「版元印なし」の表記を用いています。また、作品目録や文献
等の情報と異なる場合は14)の備考に記すようにしています。
9) 制作年 date
制作年は図版が掲載されている画集・展覧会図録等の文献や作品目録に記されている制作年を参考にして、和暦の年号の
み表記しています。文献によって制作年が異なる場合は14)備考に記すようにしています。また、独自の分類で制作年を
想定している場合もあります。
制作年で問題となるのは和暦での期間です。歌舞伎絵や摺物、画中に制作年が記されているものなど、和暦○年と制作年
が確定できる作品はともかく、美人画など制作年の判定が明確にできない作品、その表記について、従来は○○初年、○○
初期、○○前期、○○中期、○○後期、○○末期、○○末年、などの表記がされています。しかし、西暦で表記する場合、
何年から何年にあたるのか、非常に曖昧のまま表記がなされています。前期とは何年から何年、後期とは何年から何年、
その場合、中期はないのか、初期は初めから何年間をいうのか、また末期とは終りから前に何年間をいうのか、初年とは
○○1年のことか、それとも、○○1、2年をさすのか、末年も同様です。和暦の表記と西暦の表記が整合する表記について、
将来的に検討していく必要があると思います。
また、近年、○○年間という使い方がされていますが、和暦では最後の1年が次の年号と重なるため、検索やソート(昇順)
した場合に重複してしまいます。そのためデータベースでは最後の年は次の年号表記に統一しています。また、日本では最初
の1年を「元年」と表記しますが、データベースではソート(昇順)する場合を考えて「1年」と表記して、全て西洋数字に
統一しています。
10)改印 censor's seal
旧データでは設定し忘れた項目です。改印は制作年判定に必要なため、新たに設定した項目です。画中にある改印を
記入していますが、複数印で年月印のある場合は年月印を先に記して、制作年がわかるようにしています。
11)所蔵者 collection
所蔵機関については、国内の公立、私立、ついで外国の機関、個人コレクションの順に列記するようにしています。
外国の場合は、北アメリカ、ヨーロッパ、その他の国の機関の順に紹介しています。個人蔵の場合、展覧会図録等で紹介され
ている場合のみ、個人名またはコレクション名を記しています。内容については、所蔵機関名(個人蔵の場合は、個人名また
は個人のコレクション名)、所蔵機関内のコレクション名(外国の場合はクレジット・ライン)、所蔵番号、寸法を表記し、
摺違いであれば、摺違い等について表記するようにしています。摺違いにおける初摺・後摺については明確にしていません。
外国所蔵機関のクレジット・ラインついて、長文の場合はスペースの関係で省略している場合もあります。本来、表記の必要
はないかもしれないが、なるべく詳しい情報を紹介することに努めています。
12)図版掲載文献 bibliographic references
該当作品の図版、または画像を公開している所蔵機関を列記しています。ただし、全ての文献を網羅しているわけではあり
ません。文献名は研究者がわかる範囲で略称を用いています。表記順は文献であれば、画集、展覧会図録、論文名。所蔵機関
であれば、国内の公立、私立、外国の順で、外国であれば北アメリカ、ヨーロッパ、その他の大陸にある機関の順に紹介して
います。
所蔵機関の検索システムは検索名や方法が変更されていく場合があり、国内の機関はなるべく変更後の検索名を更新するよ
う努力していますが、外国所蔵機関は全て「所蔵品検索システム」で統一しています。
調査しています所蔵機関については調査所蔵機関一覧を参照ください。
13)画讃・文面 inscriptions
画讃や画中に文面のある場合のみ、「あり。」と表記し、画中に記されている文については原文どおりに読み下して表記す
るようにしています。
( )内の文字は前の漢字に付されている振り仮名です。漢詩や変体仮名を読むのが困難な場合、最低限なこととして「あり。
」を表記し、また読み下しが不正確と思われる場合は「?」を付しています。
14)備考 remarks
浮世絵聚花や他の作品目録の番号や文献、役者絵での出演座・演目、制作年の異なる情報などを表記しています。
*浮世絵作品をデータベース化へにあたって
コンピューターによる浮世絵作品のデータベース化を進めるに至った経緯は、恩師楢崎宗重先生が1979年12月に
サンシャイン美術館で開催された「浮世絵と印象派の画家たち展」図録で発表された「浮世絵学へのアプローチ」において、
「浮世絵学へのアプローチには、まず第一に学的研究の対象となる素材の完全整理が前提でなければならない。
またその逆に学的体系理念で規定しないかぎり、素材限界のわくを明らかにすることができない。そのジレンマに
かかっているのが現状である。従って浮世絵に関する研究成果は、漠然とした不完全資料にもとづく未定稿の発表に
すぎないといってよかろう。」(P17)
という文に端を発しています。ある意味、研究者にとって衝撃的な一文です。しかし、「浮世絵とは何か」という観点から
みれば、明確な浮世絵の概念の規定と浮世絵作品の完全な把握と整理なくして、どのような研究論文であろうと未定稿の
ままであることは否めません。その後、1996年に『浮世絵芸術』118号に「礫川亭永理の挿絵版本について」の論文を
発表し、永理の版画作品目録を付した際、今後、多数の作品を制作した浮世絵師の目録を印刷物で発表するには膨大な
紙面の量が必要になると判断しました。この時の目録のデータ項目は、番号、題名、判種、署名、版元、極印の有無、
制作年(推定)、所蔵者、図版掲載文献、図版番号および所蔵機関、注記の11項目で、今日、公開しているデータベースに
おける項目の基となっています
楢崎先生は国際浮世絵学会が設立されたとき、名誉会長として同学会の会誌『浮世絵芸術』130号(1999年)に
おいて、「国際浮世絵学会創立を祝す」のなかで、最後にこう述べられています。
「ここに私が提唱してきた「国際史観による浮世絵学の定立」はいよいよ現実味を帯びて眼前に吃立している。いまや
国際協力による浮世絵研究は必須のこととなった。新体制が世界の要請に応えられるよう機能することが望まれる。
今後、国際浮世絵学会が浮世絵研究の新世紀を拓くべく、世界の研究情報センターとして更に発展することを北斎の
天寿を徒に過ぎた九十五歳の老残の身をもって願うものである。」
*データベースのシステム情報について
このデータベースはインタネットに公開しているインデックス・ページで紹介していますように、元は山口県立萩美術館・浦上
記念館に在職時、藤村忠範氏が同館の収蔵作品検索システムと同時に考案作成したシステム「浮世絵研究データベース 版画作
品目録」に、版元の検索項目と改印の掲出項目を加えて、新たにレイアウトし直し、「浮世絵研究データベース 版画作品目録」
とは異なるものとして、「新浮世絵研究データベース 版画作品目録」と改め、2022年4月26日より個人で公開したもの
です。
作品データの元はファイルメーカー・Pro(FileMaker Pro)のソフトウェアを使っており、画像を取り入れるオブジェクトも含
めてフィールド名(項目名)は65項目となっています。この元データから、公開している、①No.(整理番号)、②絵師名、
③作品名、④判型、⑤形態、⑥署名(落款)、⑦印章、⑧版元名、⑨制作年、⑩改印、⑪所蔵者、⑫図版掲載文献、⑬画讃・文面、
⑭備考の14項目の文字データをエクセル(Excel)で書き出し(エクスポート)し、さらにアクセス(Access)に変換しています。
そして、このアクセスのデータをビジュアルスタジオ(Visual Studio)のソフトウェアで作成したシステムで公開している形になり
ます。
時代については、初期浮世絵(明和2年以前)、錦絵創始期(明和2年~安永)、黄金時代(天明~享和)、後期浮世絵(文化~嘉
永)、幕末・明治(安政~明治)の五つの時代に分けて、データを収集しています。
ファイルメーカー・Pro(FileMaker Pro)でのフィールド名(項目名)以下の65項目数となっています。( )内はタイプ、
オプションを示します。詳しくは「ファイルメーカーPro作成による浮世絵作品データベース化のフィールド定義の項目設定と
入力、および表記内容の問題について」をご覧ください。
1) No.(数字)、
2)ID番号(数字)、
3)聚花番号(テキスト)、
4)目録番号1(数字)、
5)目録番号2(数字)、
6)萩美番号(テキスト)、
7)絵師名(テキスト)、
8) 絵師名振り仮名(テキスト)、
9) 作者名(テキスト)、
10) 作者名振り仮名(テキスト)、
11) 作品名(テキスト)、
12) 作品名振り仮名(テキスト)、
13) 時代区分(テキスト、時代区分値一覧あり)、
14)分野(テキスト、分野値一覧あり)、
15) 作品分類(テキスト、作品分類値一覧あり)、
16)種類(テキスト、種類値一覧あり)、
17)開化絵分類(テキスト、分類値一覧あり)、
18) 流系(テキスト)、
19) 図版1(オブジェクト)、
20) 判型(テキスト)、
21) 形態(テキスト)、
22) 寸法(テキスト)、
23) 落款(テキスト)、
24) 印章(テキスト)、
25) 書体番号(数字)、
26)印章番号(数字)、
27) 画像番号(テキスト)、
28) 版元名(テキスト)、
29) 制作年(テキスト)、
30)改印(テキスト)、
31) 西暦1(数字)、
32) 西暦2(数字)、
33) 月日(テキスト)、
34)制作年・版元等のデータ(テキスト)、
35) 画讃・文面(テキスト)、
36) 所蔵者(テキスト)、
37) 図版参照文献(テキスト)、
38) 図版掲載文献(テキスト)、
39) 備考(テキスト)、
40) 作品解説(テキスト)、
41) 分類番号(テキスト 分類番号値一覧あり)、
42) 分類内容(テキスト)、
43) 人数(テキスト)、
44) 像形式(テキスト、像形式値一覧あり)、
45) 背景(テキスト、背景値一覧あり)、
46) テーマ(題材)(テキスト)、
47) モチーフ(内容)(テキスト)、
48)自然(テキスト)、
49) 設定場所(テキスト、設定場所値一覧あり)、
50) 季節(テキスト、季節値一覧あり)、
51) 季物(テキスト)、
52)地名(テキスト)、
53)図版2(オブジェクト)、
54) artist(テキスト)、
55) title(テキスト)、
56) technical(テキスト)、
57) type(テキスト)、
58) signature(テキスト)、
59) artist seal(テキスト)、
60) publisher(テキスト)、
61) date(テキスト)、
62) censer's seal(テキスト)、
63)元号(英文)、
64)所蔵者(英文)、
65)図版掲載文献(英文)。
(2023年1月 鈴木浩平)